考現学 自然農

こうなったら良し。完成。これが答えだ。となりがちな心

 

島の自然農さん:
川口さんの畑のように、豊かになりすぎってことがあるんですね。

興津さん:
そうですね。豊かになりすぎというか豊かになったのに
どう対処するのか?
それが答えとして求められる。
その時その時でね、あると思うんですね。

ただ1年に一回しか試せませんし、
先行っている人、ほとんど川口さんくらいしかいなかったので(笑)
聞く人もいませんから、自分で試行錯誤してこうしたらどうだ
ああしたらどうだ ずっとやってますね。

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30年以上経つ自然農の田んぼ!
「自然農を生きる」著者 一陽自然農園 沖津一陽さん

自然農の畑は不耕起であるため、
草を刈っては敷いて
草を刈っては敷いてを繰り返す。

これを何年も繰り返していくことで、
畑の土壌はより豊かになっていく。

自分の畑をみていくと
3~5年ほどすると、かなり豊かになる実感がある。

ただ、豊かになれば問題が起きないわけではない。

豊かになるとその状況の中でまた
障害が生まれることもある。

その状況に応じる必要がある。

こうなったら完成、完璧という状況は決してなく、
ずっと応じ続けるものなのだろう。

どこかで心は、こうなったら良し。完成。これが答えだ。

のように終着点を見出しがちなのである。

でも、終着点などない。

結局その思考こそが誤っていて、
そういう終着点がある状況は起こりえない。

だからその思考を手放せなければ、
いつまでも終着点にたどり着けない今を生きることになる。

どこかを目指す今を生きると、
今がおろそかになる。

目指すのをやめて、今に集中してみる。
今目の前にある田畑をよく観察する。
そして自分の中で答えを出して応じてみる。
その連続を生きてみる。

そうすると、
今の中にもう完璧な完全体なものがあったことに気づく。

田畑との関係性だけでなく、
自分や他者との関係にもいえることだと思った。

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