長男が2歳半くらいの時に書いた記事を読み返してみた。こどもと過ごす日々の中で感じる大変さは、こどもの成長段階によって、異なる大変さがあるように感じる。こどもが歩けるようになったり、話せるようになって、どんどん活動量が増えてくると、一緒に遊べることの喜びや、できるようになることが増えていくことの喜びを感じられる一方で、一緒にふたりで時間を過ごすことの大変さを感じることが多くなった。もちろんそ今でもそう感じることはある。
そういった大変さを緩和してくれたのが、両親や姉弟、地域の方や友だちのような存在なのだと思う。僕は自分のこの心理的な大変さを和らげるために、散歩に出た。家族に会いに行った。出店した。イベントに参加した。ともいうことができる。こどもが生まれてから、さまざまな人との関係性が広がり、深まっていると感じる。それは、僕自身が無自覚に、他者に頼ることができていたからかもしれない。そうやって自身が感じる苦労や、大変さは、ひとりで抱え込まないでいたい。誰かに頼ることができれば、自分が楽になる。そして人との関係性がより深まっていく。
子どもと一緒にいることの大変さ(2023-11-13)
ただ子どもが一緒にいるだけで、どうしてこんなに大変なのだろう。
おむつを替えたり、ご飯を用意したり、
何かしてあげることの大変さではない。
ただ、一緒にいることが大変で疲れるのだ。
子どもが手がかかるとか、
言うことを聞かないとか、そういうことではない。
ただ、ふたりで一緒にいることが大変なのだ。
そして、誰かが一緒にいてくれることで、気持ちが楽になる。
それは、おばあちゃんやおじいちゃんが遊びに来てくれたり、
実家にお泊りしたり、
近所のおばあちゃんと一緒に散歩をしたり、
自分以外の誰かが、子どもを一緒に見てくれているだけで、本当に楽になる。
このふたりだけの時間から感じる大変さはどこからやってくるのだろう。
そんなことを考えていた。
子どもと過ごすとき、
自分は何もしていないと思っていても、
僕は子どもの様子を見ていて、必ず意識を向けている、
どこにいるか。危険はないか。顔色は悪くないか。
そうやって、無意識に子どもに意識を向けてしまっている。
向けてしまっている というよりも、
向けずにはいられない。のだろう。
そういう意識を向けるだけでも、
人は精神的にも肉体的にも疲れるのだと思う。
それは、僕だけかもしれないし、僕に限らないかもしれない。
また、子育てに限る話でもないのかもしれない。
少しでも、一緒に子どもをみてくれたり、子どもを可愛がってくれる場所や、人間関係があるといいなと思う。
精神的、肉体的な問題が、自分だけですべて解決できるわけでもない。
そして、問題の原因が自分自身にすべてあるわけでもない。 自分以外の人間関係や環境、そういったものによって
自然と問題が問題でなくなることも多いのだと思う。

この記事は、唯ちゃんが次男を妊娠中で、つわりが少し落ち着いてきた時期に書いたように思う。唯ちゃんがつわりがひどい時期は、特に長男とふたりで過ごす時間が長かった。夏はとにかく川へいった。