
授乳のことについては本当にいろいろと考えさせられた。母乳とミルク、さまざまな考え方があることも知った。そういった考え方を知りながらも、母の身体の状態やこどもの状態、自分の思うようにはいかない身体と折り合いをつけることの大変さも知った。そういった面で、子育て中の女性は身体的だけでなく、心理的なストレスも大きいということがよく分かった。
授乳という営みは、とてもすごいことだと思う。母体を通して行われるものだけでなく、ミルクなどを通して行われることの含めて、本当に命がけのものなのだと思う。子どもは生まれてすぐに、自分の力でエネルギーとなるものを求め、生きていかねばならない。親はそれにこたえなければならない。休むことなく、毎日毎日その連続である。すごく当たり前で、普通に見える光景だけど、ものすごく命がけな営みが行われているのだと思う。「授乳してると、人間って動物なんだって思う」と唯ちゃんが言っていた。それだけ身体的で、頭で考えたこと、理論、理屈を超えた営みなのだ。
授乳はすべてが絶妙な関係性の中で成立している (2021-06-05)
赤ちゃんが生まれてすぐ、赤ちゃんへの授乳の仕方を教えてもらっていた。
あかちゃんがおっぱいを吸う姿は見たことがあった。
だからあかちゃんが「おっぱいを吸う」ということは
あかちゃんと、お母さんのおっぱいがあれば、
普通に行われることだと思ったいた。
だけれど、あかちゃんへの授乳の指導をしてもらうと、
それはお母さんと、あかちゃんの絶妙な関係から成り立っていることなのだと知った。
お母さんのおっぱいから出る母乳は、あかちゃんに吸われることによって、より作られていくらしい。
あかちゃんも吸い方がだんだんとうまくなっていくらしい。
あかちゃんがお母さんのおっぱいに「ぱくっ」と吸い付く。
そのタイミングや、お母さんのおっぱい、あかちゃんの口のポジション、
すべてが絶妙な関係性の中で成立する。
いままで普通に成り立っているとおもっていたことが、
ここまでお母さんと赤ちゃんが歩み寄り成立しているとは正直驚いた。
そして、その関係は、母乳が出るおっぱいや、
赤ちゃんに吸われても耐えうる乳首の状態、
赤ちゃんの吸う力、
二人の身体を土台に成り立っている。
今まで普通に見えていた光景の奥に
お母さんとあかちゃんの背景に、さまざまな苦労や葛藤がある。
そう知った時、自分の普通に見えていた光景は
とても貴重でかけがえなのない光景に変わる。
これは授乳に限った話でもないだろう。
今の自分には普通に見えている光景も、
その奥にはさまざまな人の想いや苦労、喜び、たくさんのものが隠れている。
普通の光景というものはなく、
普通の光景と見ている自分だけがいる。
そんな普通の光景が、
かけがえない貴重な景色に変わっていくことは、
楽しさや喜び、嬉しさという言葉を超えて、 より自分の日常を豊かにしてくれるものなのだ。