これまではてなブログでブログを書いてきたけれど、少し記事の投稿画面が使いづらかったり、広告も入ったりして、すこし見づらさも感じていた。また、仕事でHPの立ち上げや更新作業をやっているのに、自分のブログははてなブログというのも少しもったいないな。という気持ちが以前からあった。けれど、なかなか自分のHPを立ち上げることに気持ちが向かずにいた。
自分が制作した教材をまとめたポートフォリオ的なWEBページのみは作っていたのだけれど、今回ははてなブログ上にあるブログ記事やインタビュー記事、インスタの投稿など、すべての情報をまとめたサイトを作ることにした。はてなブログからの記事の書き出しと新サイトへの読み込みも完了した。画像の修正等の微修正は必要な気もしているが、記事がいったん移動できたことは安心している。
ただ、まだまだデザインや見やすさを考えると修正が必要であるため、公開までは時間が必要である気がする。それまでは、はてなブログと新サイトにこの毎日の記事をアップしていく二重の作業が生まれてしまうけれど、焦らずサイトの構築を進めたいと思う。
物事が動きはじめるのは、自分では予想できないタイミングであるように感じる。物事を動かすことの決定を、自分で決定しているようでしていないような。そんな変な感覚がある。いままでやりたかったこと、でもできなかったことでも、あまりそのことを強引に押し進めようと思わなくても進んでいくことがあって、そういう形の方が物事が自然とスムーズに進んでいく。自分で強引に押し進めていくよりも、そういう適切なタイミングで自然と物事が流れていく方が、その過程の自分自身の気持ちも楽であるし、結果的にも良い結果が生まれるような気がする。
これは、このホームページを立ち上げることにも言える話しだ。
自分で強引に決定意識ももって押し進める。それは、きっと自己の意識が強すぎて、物事の決定に関する情報も自己の意識からしか得られなくなってくる。その狭まった意識から得た情報を判断材料として物事を進めるがため、その過程で、弊害が多くなるのかもしれない。
その点、自己の意識を強く持たずに、強引に決定しなければ、なかなか決定しないがために物事は動き始めない。ただ、物事が動かなくとも、そこから離れずにいれば、自分が無意識化でいろいろな情報を察知する。そして、多角的にその物事を捉える。そして、情報や意識が整った状態になったとき、物事は動き始めるのかもしれない。このタイミングこそ、自分では予想できないタイミングなのかもしれない。
僕のこのホームページを立ち上げるということに関しても、これまで自分のホームページを立ち上げようと思っていても、あまり気が向かなかった。それど、そこで強引にとりあえず作っちゃえと決断せずに、なかなか気が向かない状態を維持していた。
その中で、まずは朝の時間に書く時間を作れるようになってきたことで、書くことをよりよい環境でできたらいいなと思うようになったり、今までやっていたINTERVIEWも再開していけたらいいなという気持ちが芽生えてきた。そうやって、自分の気持ちの変化などを通して、その決断(自分のホームページを立ち上げること)の必要性が上がってきたように思う。
決めるというのも、自分で決めればいいわけではない。のだと改めて書いていて感じた。
2024.9.13 はてなブログ卒業の予定