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2024.10.02 自分の言葉を獲得すれば自分の観念が生まれる

ソシュールは言語活動とはちょうど星座を見るように、もともとは切れ目の入っていない世界に人為的に切れ目を入れて、まとまりをつけることだというふうに考えました。

「それだけを切り取ってみると、思考内容というのは、星雲のようなものだ。そこには何一つ輪郭のたしかなものはない。あらかじめ定立された観念はない。言語の出現以前には、判然としたものは何一つないのだ。」

言語活動とは「すでに分節されたもの」に名を与えるのではなく、満天の星を星座に分かつように、非定型的で星雲状の世界を切り分ける作業そのものなのです。ある観念があらかじめ存在し、それに名前がつくのではなく、名前がつくことで、ある観念が私たちの思考の中に存在するようになるのです。(寝ながら学べる構造主義 p67)

「名前がつくことで、ある観念が私たちの思考の中に存在するようになる」そして、その思考の中に存在した観念によって、人は苦しむこともあるし、救われることもあるし、人と近づくこともあるのだと思う。

例えば、「家族」という言葉もそうだ。「家族」という観念は、なんとなくみんな同じような観念を抱いているけれど、同じなんてことはありえない。「家族」という観念に苦しめられているのだったら、まずは「家族」という言葉を使わない方がいいのだと思う。自分なりの言葉を作ってしまえばいいのだと思う。そうすれば、少し自分の中に存在する思考が変わってくる。自分の言葉で書くこと、語ること。自分の言葉を獲得することは、誰かに与えられた観念(植え付けられた言葉)を手放し、自分の観念を手にしていくことのように感じる。

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