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蒲原小さな朝市のふりかえり(3年半を過ぎて)

今月の蒲原小さな朝市を終えた後に、これまでの朝市を一度振り返ってみようという想いが生まれてきたので、一度記事として、これまでの蒲原小さな朝市を僕なりに振り返りながら記事にできたらと思う。

毎月第3土曜日の朝は、蒲原にある「BACKPACKERS HOSTEL 燕之宿」の駐車場で、「小さな朝市」を開催している。この朝市のはじまりは、「BACKPACKERS HOSTEL 燕之宿」のオーナーでもあるこーせいさんが声をかけてくれて始まった。
始まった経緯に関して、コーセイさんの投稿を引用させていただだく。

蒲原小さな朝市の初回は、2022年4月24日。気づけばもう3年半も経ったと思うと、なんだかものすごく続けてきたんだなーという風に感じられる。だけれど、自分の実感としては、3年半も続けてきたぞ!という実感はほぼなく、、、なんだかんだやっていたら3年半経っていた。そんな感覚がある。
それはきっと、続けることに執着せず、続けることを目的とせず、毎月毎月、できる範囲でやるスタンスがあるからなのかもしれない。それは僕自身にも、朝市全体にも通ずるスタンスなのかもしれない。

朝市に関わる多くの人が、続けるために無理はしていないように思う。休むときは休む。みんなができる範囲で参加する。できる範囲で開催する。そんな形でこの3年半は進んできたように思う。その朝市のもつ軽さによって、緩やかに、穏やかに3年半流されていった。そんな感じなのかもしれない。

軽いものの特性として、緩やかに、穏やかに、遠くまで流されることが可能であると思う。

朝市のような、「緩やかに、穏やかに、流れるように続いている状態」だからこそ、感じられること、うまれてくることがあるようにも思う。

その中で、「時間」のもつ力はとても大きいように思う。3年半という時間がもたらしたものはたくさんある。

たとえば、3年半も毎月顔を合わせていれば、それぞれ出展者同士や来てくれる方々との関係性は深まっていく。3年半の中で、僕自身も家族が増えたり、家族の体調不良があったり、さまざま出来事がある。みんな同じように、それぞれの事情があって、そういった出来事を抱えながら、毎月1回時間を共にすごす。自分自身の変化も、朝市に関係するみんなが感じてくれたりもする。ひとりひとりの人の、あらゆる側面がつかむことができる。そういった過程が、人とのつながりを深くしていく。

あと、「時を待つ」ということ。1回しかなければ、この1回を逃さないようにしようと、気合がはいる。人間関係も、そのほかあらゆるきっかけも。でも、続いていれば、その時を「待つ」ことができる。この朝市でも、何度も朝市で顔を合わせながらも、かなり時間を経て、深いつながりにつながっていた経験がある。このチャンスを逃さまいと、気合をいれたり、無理をすると、やはりそうやって生じた関係はどこかでひずみが生じる。でも、待つことができれば、そのチャンスやきっかけは、必ず来る。その時を待とう。と思うと、いつも無理のない自然体な自分でいられる。そういう自分として、あらゆる関係性を構築できれば、やっぱりそれは自分にとっても、相手にとってもよい関係性になるように思う。だからこそ、「時間」のもつ力を信じて、時を待つのだ。

そうやって、振り返ってみると、「ゆっくりほどはやい」という言葉がぴったりだなと思った。これは、ミヒャエルエンデの「モモ」に出てくる言葉だった気がする。朝市は一見ゆっくり進んでいるようにみえる。だけれど、もしかしたら、この朝市を通して生まれて、作られているものは、頑張って何かを作るよりも、実ははやいものなのかもしれないと思った。

これから朝市自体がどのように進んでいくのかわからない。だけれど、ひとまずこうやって、3年半もの時間をみんなで進んでこられて、だからこそ気づけたことや生まれてきたことがある。そういったものを大切にしていけたらと思う。そして、今後も、しなやかに朝市に関わるみんなの声をききながら、軽く、緩やかに、穏やかに、しなやかに!進んでいけたらいいなと思う。

ps.過去にモモの記事を書いていて、確認したところ「ゆっくりほどはやい」ではなく、「オソイホドハヤイ」だった。この過去の記事にモモの1つのシーンを書き起こししていて、その部分が、今回の記事にもつながる話だと感じたので、2016年の古いブログ記事だけれど、こちらに引用させていただく。

最後に、わが子も朝市とともに成長してきた。思い出の写真も記録として。

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